戻ります

「そう言えば理奈ちゃん、いつもそのリボンをしているけれど、何かのおまじない?」
 出番待ちの楽屋で、由綺が唐突に聞いてきた。
「うん……おまじないと言えば、おまじないかな?」
「へぇ、どんな?」
「だーめ。口にしたら、魔法が解けちゃうんだから」
 そう。あの魔法。ずっと昔にかけられた魔法を、私はまだ大事にしている。


「無敵のー、魔法でー、今日も地球の平和を守る、マジカル☆さゆりんーっ♪」
 かわいい声で、テレビと一緒に歌う緒方理奈(5歳)。ストレートヘアーが、リズムに合わせて左右に揺れる。
 流れているのはちびっ子、とくに女の子達に大好評のアニメ、『マジカル☆さゆりん』だ。
「巨大なオオアリクイに押し潰されてしまったマジカル☆さゆりん!
 大ピンチになったマジカル☆さゆりんだが、その時! 一人の戦士が駆けつける!
 次回、『友情は永遠の誓い。ファイター☆舞たん登場!』に、さゆりん、パーンチ!」
「ぱーんち!」
 番組が終わり、テレビに拍手をしている理奈を、微笑ましく英二が眺める。
「理奈はほんと、マジカル☆さゆりんが好きだなぁ」
「うん、大好き! 私もおっきくなったら、マジカル☆さゆりんになって、地球の平和を守るのっ!
 そしてね、さゆりんのピンチに駆けつけて、友達になるの!」
「そうか、頑張れ」
「うんっ! 『不思議なステッキと理不尽な魔法で、今日もニコニコ、大変身!
 さゆりん・エクストラ・ヒーリング・ミューテーション! 
 あははーっ! マジカル☆さゆりんの登場ですよー!』」
 先月の誕生日に買ってもらった『さゆりん☆ステッキ』を振り回し、呪文とポーズを決める。
 しかし、ピコピコ音は鳴るけど、さゆりんのように不思議な光は出ないし、衣装が変わることもない。
 理奈は力無く肩を落とす。
「うー。魔法、できないよぉ……」
「理奈はまだまだ修行が足りないな」
「やっぱり人間界で、修行しなきゃダメかな」
「そ、そうだな……」
 どうやら理奈の脳内では、人間界→こことは違う世界という認識がされているらしい。
 確かにこの世界に魔物とかは出てこないが。
「でもね、でもね。幼稚園じゃ、魔法使いのなりかた教えてくれないの。どうすればいいの?」
 頭のいい兄は、自分の知らないことをなんでも知っている。だから魔法使いのなり方も知っているはずだ。
 そう信じた理奈の、澄んだ瞳が英二を見つめる。
 英二もかわいい妹の夢を、無惨に壊すことはできない。
 どう言えばいいのか悩んでいるうちに、先日やった、とあるゲームのシナリオを思い出した。
「そうだ、理奈。ちょっと来い」
「なにー?」
 英二がいつも脳内で妄想していた、ポニーテールやツインテールの理奈。
 だが、やんちゃな理奈は髪をいじられるのが嫌いで、英二の願いは悲しいぐらいあっさりと却下された。
 しかし、その妄想が現実となる時が来た。
「なにするのぉ?」
「ちょっと後ろを向いて」
「うん」
 妄想用にストックしてあった色とりどりのリボン。
 そのうち一番理奈に似合うであろう、赤いリボンを取り出し、理奈の髪の毛を結わえた。
 さらりとした手触り。ほのかなシャンプーの匂いに陶然としつつ、英二は手慣れたしぐさで理奈の髪をツインテールに束ねる。
「まだぁ?」
「良し、いいぞ。こっちむいて」
「うん?」
 くるりと回ると、2本の尻尾が理奈を追って、ふわりと宙に舞う。
 ――良すぎる。
 英二は心の中で涙を流し、現実で親指をぐっと立てた。
「ん……これ、邪魔だよぉ……」
「あー、待て待て!」
 リボンを引っ張ろうとする理奈を、慌てて止める。
「いいか、このリボンはな、魔法の世界から力を受け取るアンテナなんだ。
 このリボンから魔法が理奈の中に流れ込んで……大人になったときには、魔法使いになれる」
「ほんと!?」
「ほんとだ」
 思わず断言した。……もう後には引けない。
「だから、あんまり取っちゃダメだ。取っちゃったら、その分魔法がたまるのが遅くなるぞ」
「うん、わかった。理奈ずーっとつけて、マジカル☆さゆりんになる!」
「よし! 頑張れ!」
「うん!」


 そして……大人になった理奈は、魔法使いからの呪縛からは逃れたのだが。
「結局、この髪型のまんまよね……」
「え、なにが?」
「ううん。ちょっとね、私も子供だったんだなぁ……って思って」
 理奈はツインテールの片方を手で梳いて、おかしそうに笑った。


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